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1年女子が腋臭体操服を着せられる・・→匂いフェチの真性ド変態にwwwwwwww

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匂いフェチ小説

[99]: あき@1年生さん(徳島県)からの投稿 2016/08/04(木)

私の性癖はエロくも何ともありません。誰からも共感されることもなく、ただただ自分でもキモいです。。。

 

こうなってしまったキッカケは今から10年くらい前の話です。

 

高校を卒業して大学に進学した私は、経済的な理由もあって女子寮に入寮しました。

 

もともと噂では寮の規則が厳しいとは聞いていましたが、学年が一つ違うと身分がまるで違うものでした。

 

「カースト」のような世界で、1年生は入寮と同時に持ち物検査で私服を取り上げられ、「寮ブルマ」と呼ばれるブルマと体操服を先輩から渡され、すぐに着替えさせられたのを覚えています。

 

「寮ブルマ」は寮の先輩達のお下がりで、寮の倉庫室にブルマと体操服合わせて段ボール2~3箱分ある中から、同室の先輩(2名1部屋で1年生は2年生と同室)に2着づつ選ばれて手渡されるのと同時に、白布のゼッケンに自分の名前を書いて体操服に縫い付けるよう指示されました。

 

私は確か緑色と濃紺色のブルマでそれぞれ白2本の白線入り、体操服は厚ぼったい無地の生地のものと、丸首の部分がえんじ色のものとが渡され、両方ともにくたびれた様子で体操服は黄ばみが目立ち白布のゼッケンとの色の対比がはっきりと出ていました。

 

せっかくこれから大学生活が始まる…といった瞬間に、中・高校生活でも履いたことのないブルマの恥ずかしさに目の前が真っ暗な思いをしたことを今でもはっきり思い出します。

 

私服は取り上げられてしまったので、授業へ通うときには「寮ジャージ」と呼ばれる同じく先輩のお下がりのジャージを着せられました。

 

私はどこかの学校指定だったと思しき濃い緑色のジャージ上下で、名前の刺繍のところがほどいてあったのを覚えています。

 

みんなオシャレな服を着ているのに、私を含めてその年の新入生の寮生3人はみんな一目でわかるひどく恥ずかしい姿で毎日出席していました。

 

大学の先生たちも寮の伝統として黙認していました。

 

当然、こんな生活だったので友人は出来ず、寮生3人で慰め合う日々が続きました。

 

それぞれ2着しか着るものが無いため毎日洗濯場で(洗濯機の使用も許されず手洗いでした)その日着た体操服とブルマを手洗いし、その時に言葉を交わしながらお互いの境遇を確かめ合いました。

 

やはりみんな経済的に苦しい家庭で親に迷惑をかけまいと寮生活を選んだ仲で、今は苦しいけれどきちんと卒業して立派に就職して親に恩返ししようという思いは一緒でした。

 

この他にも、下着は白もしくはベージュ以外禁止、茶髪・パーマ・メイク禁止、アルバイト禁止とされ、同室の先輩に必ず毎日私の服装と下着をチェックされる恥ずかしさに耐える日々が続きました。

 

体操服だと普通のブラではラインが透けてしまうので、スポーツブラまでもが先輩のお古を渡されました。

 

毛羽立った2枚のスポーツブラを毎日交互に洗いながら身につけていましたが、下着までもが他人のお古というのは本当に屈辱でした。

 

シャワー室の使用は1年生は曜日と時間が決められていて、週3日しか使うことができず、かつ3年生以上の先輩は自由に使用することができるため、意図的に私たちの時間に使用する先輩もいて、夏場にシャワーを浴びれず汗臭いまま翌日の授業に出ることもありました。

 

私は少し腋臭もあり、露骨に避けられている場面にも遭遇したので、本当に毎日が苦痛でした。

 

しかも体育は(1年生は必修で体育がありました)必ずジャージを脱ぎブルマで行うことが必須だったので、衆人環視の中陸上やバレーなどを行いました。

 

本当に本当に恥ずかしく、体育館でも常に隅のほうで身を隠すようにしていました。

 

他の寮生が一度ジャージで体育に参加したことがあり、密告があって4年生の寮のリーダーに発覚し、その子は罰としてジャージを取り上げられ、体操服・ブルマで1週間授業を受けることを命じられました。

 

しかもその時、連帯責任として私たち2人も先輩に寮の食堂へ呼び出され、3人とも食堂に正座をさせられ、今後このようなことが絶対に起らないよう連帯の罰を与えると言われました。

 

それは今回決まりを守らなかったBさんと、私とAさんの3人で、1週間体操服とブルマを着まわすことを命じられたのです。

 

つまり、Aさんが初日に着た体操服とブルマを翌日私が着て、3日目にBさんが着るということでした。

 

Aさんは翌日はBさんのもの、もしくは自分の予備を着ることが出来るので常に洗濯済のものですが、Aさんに比べ成績の良くなかった私はずっとその週Aさんの1日着たものを身につけ、Bさんはずっと3日目の体操服とブルマという屈辱を味あわされていました。

 

実は、先ほども書いたとおり私も少し腋臭だったのですが、Aさんはもう少し強めの匂いがあり…私もAさんの翌日の体操服ははっきりとその臭いを自覚しました。

腋臭女の小説

そして私も着た翌日の体操服とブルマをBさんに渡す時は、私も本当に恥ずかしく、毎日「ごめんね」と言いながら渡したことを覚えています。

 

そして、実は私の性癖の目覚めがこの時あったのですが、体育があった日の翌日、Aさんの汗の染み込んだ体操服から出る匂いを嗅いだ瞬間に私はおかしな胸騒ぎがして、その体操服を着て歩いた1日中、アソコが濡れっぱなしになってしまいました。

 

当然ブルマの匂いも強くなってしまいましたが、Bさんはどんな思いでこの臭い体操服とブルマを着ているんだろうと思うと、ずっと気になって、ますます濡れるようになってしまいました。

 

そうしてやっと1週間を乗り切りましたが、Bさんも大学でもすっかり腋臭女として有名になってしまいました。

 

そして私はそれからというもの、ジャージ登校の恥ずかしさや寮内でのブルマ生活による先輩からの劣等感にすっかりはまってしまいました。

 

夏場よりも冬場の方が腋臭の匂いが強くなるので、真冬にはシャワーを週1回にして、体操服とブルマも同じものを3日身につけたりするようになり、同室の先輩からも「臭い」と言われ、

「すみません…風邪気味なもので」と嘘をつき、大学の講堂の端のトイレで腋やスソ臭オナニーをする変態大学生となってしまいました。

 

AさんもBさんも私も1年で寮を出て、2人はまっとうな生活を送りました。

 

しかし私だけは(親にはひどく迷惑をかける結果となってしまったのですが)結局その後、変態嗜好が強くなりすぎてしまい、寮の思い出としていただきたいと言って貰った体操服・ブルマ・スポーツブラ・ジャージで大学2年生の途中まで通い続けました。

 

腋臭を振りまき、トイレでオナニーを繰り返す私は当然周囲からの異常な視線もあり、夏休みに入りすぐ精神的に擦り切れ、親に内緒で長期間にわたり遠方の水産加工場での住み込み生活を送った後、大学に通っていないことが発覚し退学処分となりました。

 

親とも疎遠になってしまいました。

 

今はアルバイト生活ですが、その当時の体操服・ブルマ・スポーツブラ・ジャージは捨てず、毎日オナニーをしてしまっています。

 

あの寮の経験で私の人生が狂ってしまったのは確かですが、不思議と恨みには思っていません。

 

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