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【驚愕】母親(33)ですが娘の家庭教師に奴隷調教されています・・・・・・・・

読了までの目安時間:約 11分

家庭教師と母親の体験談

 

[99]: 匿名希望さん(広島県)からの投稿 2016/08/14(日)

彼と出会ったのは、私が33歳の時でした。

 

当時小学5年だった娘の家庭教師として、ご近所の方に紹介されて、家に来て頂いた時が初対面になります。

 

娘もすぐに懐き、安心し、私もすぐに彼を信頼していました。

 

彼はまだ大学1年生だったのですが、落ち着いていて、大人びた雰囲気でした。

 

半年くらい経った時の夏に彼と私と娘の3人で近所のお祭りへと出掛けました。

 

一回り年上の主人は、すでに家族には無関心だったので、家にはお金を入れるだけの人になっていました。

 

お祭りで缶ビールを買って、飲んでから、娘を一度家まで送った後で、私の方から誘う感じで、彼と飲みに行きました。

 

その帰り道の公園にあった倉庫で、密室にいたせいもあって、初めて彼と結ばれました。

 

久しぶりの男…若くて、体育会系の彼の荒々しくも時折優しさも感じる行為に私は服を全て脱がされている事も忘れるくらい感じていました。

 

家まで送って帰ってもらっている最中にも、恋人同士のように彼とキスをしたり、時々彼の手がまた服の中に入ってきたりもしていました。

 

まだ満足していないと言った彼を自宅の門の内側で、私は胸を出した状態で口でしました。

 

精液を飲んだのは、初めての事でした。

 

満足した彼を帰した後、服に色々とシミが付いていました。

 

その日から週1回くらいのペースで基本的には自宅で、彼に抱かれるようになりました。

 

生理の時は、胸を出しての口でさせてもらうのです。

 

そのうち私の方が彼に情が湧いてきました。

 

会っている時は、彼とべったりの状態になっていました。

 

彼は私を見透かしたように、娘の勉強中にお茶を持っていった時など、娘の死角で私のスカートの中を触ってきたりするようになり、それも嫌ではなく、私の楽しみになっていました。

 

そして、彼を喜ばせようと、自らノーパンで彼を出迎えてしまう事もするようになっていました。

 

彼が怪我で部活を辞めざる終えなくなったときから、私は彼に外に呼び出されるようになりました。

 

大学をさぼり始めた彼を諭しながらも午前中からホテルに行ってしまうのです。

 

そのお金は私が出していました。

 

私としても彼を手放したくなくてという気持ちからでした。

 

始めはホテルの自販機にあった玩具を使って遊ばれるようになっていました。

 

心に傷を持った彼が年上の私の体でストレス解消できるならという思いで、それに気持ち良かったのもあり、気にせずにいました。

 

けど、それは徐々にエスカレートしていき、ある時、ローションを四つん這いにさせられて、下半身に塗られてしまうと、彼はアソコとお尻の穴にバイブを入れてきました。

 

抵抗しましたが、手で遮るよりも2つのバイブが私の奥に入り、スイッチを入れられる方が先になってしまいました。

 

その状態で、彼に髪の毛を掴まれるように顔を上げさせられて、目の前に来た彼のを咥えました。

 

時々お尻や背中を平手で叩かれましたが、ローションのせいか、私は嫌がるどころか、興奮していました。

 

「体型が崩れたオバサンを相手にしてやってるんだ。」と彼の言葉が余計に私を彼に依存させました。

 

お昼も食べずに、娘が帰ってくるギリギリの時間までホテルにいると、私の体は小さく震えていました。

 

娘の家庭教師とのエロ体験談

 

それでも帰らなければならず、私はふら付きながらも、何とか着替えていました。

 

そのまま彼を連れて帰って、今度は娘の勉強の時でした。

 

いつものように、お茶を持っていくと、彼の手がスカートに入ってきて、いつの間にか彼が持っていたローターが私のショーツの中に入れられました。

 

彼の手はスカートの中にあったものの、それはショーツの上からローターをスイッチを入れずに動かすためでした。

 

朝からの行為で敏感になった体で、娘の前で耐えなければならず、それでも彼は私に世間話をしてくるので、その場から逃げられず、強引に逃げたとしても、私の足もとにはローターに繋がっているリモコンを垂れ下げながらなので、私の意志で立ち去る事は出来ませんでした。

 

彼はリモコンを私のショーツに挟むように入れてから、私をそこから解放しました。

 

娘の部屋を出てから、トイレに駆け込むと、ローターが透けてしまうくらい、大きなシミが出来ていました。

 

彼が帰る時に、娘に「お母さんと話があるから」と玄関先で娘を先に部屋に返しました。

 

主人も無関心とは言え、リビングでテレビを見ていました。

 

その中で私は先ほどの感想を彼に求められました。

 

大きなシミを作ったショーツは脱いでしまい、私はノーパンだったのですが、自分でスカートを捲らされて、彼に自宅の玄関先で見せました。

 

彼の手がそこに伸びてきて、さらに上も服の中に彼の手が入ってきて、すぐにブラがずらされると、乳首を強く抓りました。

 

声が出そうになると、「気付かれちゃうよ」と言われて、私は口を強く閉じて、彼にされるがままにいました。

 

そして、彼の手が両方の乳首をまた抓ってきて、こねくり回してきたのですが、もちろん痛みはありました。

 

だけど、私はそれを続けられていると、イッテしまったのです。

 

家族が近くにいる所で、余計に興奮したからかもしれませんが、自分でも驚きました。

 

彼は予感していたかのように、「やっぱり」と笑みを浮かべて言っていました。

 

その日から、彼の私への優しさは娘の前にいる時だけになっていました。

 

2人でいる時には、彼は私を辱めようとしているのが、分かりましたが、すでに私は彼から離れることが出来ませんでした。

 

それだけでなく、彼に言われて、家庭教師のお金も上げてしまうくらい、彼に従順になっていました。

 

それに回数を経るごとに私の体は敏感になっていきました。

 

性欲も強くなり、私の方から彼に連絡して求めてしまう様にもなっていました。

 

少し遠出をした時、山の中に車で入っていくと、彼に服を全て脱ぐように言われ、さらにおもちゃを使ってオナニーをしていました。

 

全裸であそこをすごく濡れている状態で、車を降ろされ、少し森の奥へと入っていくと、そこで私は彼と湿った枯葉の上でしました。

 

私が余韻に浸っていると、彼は私の首に首輪を付けて、そこから鎖が彼の手まで伸びていました。

 

もう一方の彼の手には私の靴がありました。

 

「歩いて」と言われて、立とうとしたら、「四足で」と言われて、戸惑いや怖さもありましたが、彼は目で私を威圧するような感じだったので、嫌われたくなくて、私は四足で地面の上を歩き始めました。

 

時々、お尻や背中を叩かれても、私は行く宛もなくそのまま歩きました。

 

時期は冬だったので、私を叩いた音はそれなりに響くし、膝や手の平の感覚が寒さでなくなっていきました。

 

おしっこがしたくなれば、彼の目の前で見せるようにしました。

 

ようやく車に戻ると、下着は着ずに服を着て、ホテルへと連れて行ってくれました。

 

また何度も逝かせてくれているうちに、ペットみたいに扱われることに嫌気が無くなっていました。

 

ある時彼に自分の事をどう思っているかと聞いてみると、「オナニー代わり」と答えれて悲しくなったのですが、彼が続けて、「でも、思いが無いわけではないから、それ以上になれるように頑張ってね。」と言ってくれて、私の努力次第だと思う様になってしまうくらいの状態になっていました。

 

言いなりになった私を彼はお尻の穴も奪い、さらに少し遠くに出掛けては露出を楽しみ、体中にも落書きをされ、下の毛も剃られました。

 

自宅でビデオも撮られましたが、当時はスマホとかは無いので、流出することは無く、彼との関係が終わった後に捨てました。

 

彼の大学卒業が関係の終わりだと思っていたのですが、彼が大学4年になる頃には、私は玄関先で彼のを静かに咥えながら、服を着た上でオナニーも出来るくらいの女になっていました。

 

そして、彼との最後の時、私はたくさん辱められたにも関わらず、たくさん泣きました。

 

彼は私への情はそれなりにあったようですが、そこまではなく、私の方が彼に依存していた事を改めて認識させられました。

 

彼は就職してから、実家を離れていきましたが、10年以上たった今でもたまに彼を探してしまっている私です。

 

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コメント1件

  1. かず より:

    家庭教師のバイトはマジ喰えるからな

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